~ 手間暇トークのおススメネタ(Ⅰ) ~
1.信頼
「信じる」って実に美しい言葉です。生きていく上で、相手との信頼関係があればこそ日々楽しく安心して過ごすことができます。
親と子、友達通しなどお互いに信じ合うことができればどんなに幸せなことでしょう。一つだけ気をつけたいことは、信頼というものを相手に押し付け寄りかかってしまってはいけないことです。
特に、親が子供を信じてあげることはいいのですがケースバイケースが肝心です。何をしていようと無関心などの放任主義とは名ばかりの親の義務を怠る様では本末転倒です。
2.思いやり
「子供をどんな風に育てたいですか?」
と聞かれた時、私はたいてい何の躊躇もなく、「他人の痛みのわかる人間になって欲しい」と」答えるようにしています。
しかし、私自身は本当は短期で負けん気が強く、子供時代周りに多少イヤな思いをさせた経験もあるので、その反省も含めて子供たちには「人の痛みを察することができる人」になって欲しいと願っています。
しかし、私の友人の中には、「よく言われる思いやりってなんか好きな言い方じゃないなあ。自分が上から目線的な安易な同情を寄せているような気がする。例えば、乗り物の中で老人や身障者に席を譲るのは決してマナーや思いやりなどではなく、体が不自由にも拘わらず懸命に生きている人への敬意の気持ちで行うべきだと思う」という解釈をする人もいますが、敬意を払うという点では同感の余地があるのではないでしょうか。
いずれにしても、他人の痛みのわかる人間は、自分の痛みもしっかりと自覚していなければならないと思います。
3.自信
自信はないよりある方がいいに決まっています。しかし、中には生涯を通して自信というものを持つことなく終わってしまう人もいることでしょう。
自信のある人(スタイルや才能その他)は明朗で人づきあいが良くて怖いもの知らずの人が多い様ですが、そういう人は常に人に愛されてきたので他人を疑ったり気づかいをすることなどあまりありません。
反対に自信のない人は、発言も行動も控えめになりやすいです。ところが、陰ではブツブツと不平不満をこぼしたり他人を非難したりする人もいます。しかし、私の経験上、人間味としてはそういう人の方が意外と味わいがあったりします。
自信家は大概にして自分のことしか考えていないから話題も限定され人づきあいにおいても距離を置かれる場合もあるようです。
4.自尊心
当然のことですが、厳密には自尊心と自信とは違います。自身のあり過ぎるのも困りますがこの自尊心を持っていないのも自分を否定しやすく始末が悪いこともあります。
人によって多少の違いはありますが、15、6歳にもなると徐々に自我が目覚めてきますが、多くの場合、劣等感と自尊心の間で気持ちが大きく揺れ動きます。
そして、劣等感の反対は優越感ですが、優越感と言えば自分を他人より優れていると感じる心でしょう。それが子供の場合、他よりも自分を認めたがる、つまり自己主張の気持ちが非常に強くなり単なるわがままと受け取られやすくなります。おそらく自分というものがよくわかっていないからだと思います。
心が順調に発達すれば、正当な自尊心を備えることができるようになります。その証明として、何か迷惑をかけるような行いであればそれを予知し事前に踏みとどまることができます。それは根底に自分を大切に思う気持ちがあるからだと思います。
一方で、何かにつけて自分を否定する気持ちが強い人を立ち直らせるのは簡単ではありません。取りも直さず自分で自分を粗末にするような人を周りの人たちが大事にしてくれるはずがありません。
いずれにしても、他人よりも何よりも先ずは自分自身を大切にすることを眼前に据えるということに尽きます。