最近、テレビを見ながら一人で納得することがあります。それは、特にスポーツのヒーローインタビューの場面です。
成功した人たちに共通するのは笑顔
きっと苦しかっただろう辛かったに違いないと想像されるその結果において、見事栄冠を勝ち取った選手たちに共通するあの笑顔、本当に素晴らしく感動します。スポーツに限らずどんな世界でも成功を収めた人たちは笑顔がよく似合うと言っていいと思います。見ている人たちを気持ち良くさせる彼らの笑顔は何がそうさせるのか私の興味をそそります。
笑顔満開の人にこそ人は引かれる
一方で、見るからに陰気で暗そうな近寄りがたいタイプがいます。おそらくある程度の力量はあっても、誰からも信頼されるような立場に立つのは難しいと思われます。根暗な人間には人は寄ってこないものです。多くの人たちの心を引くのは何と言っても笑顔の絶えない人間です。やはり、いつもにこやかで心から明るい人間になれるよう努力をしなければならないのでしょう。
偉人は楽観主義者、その明るさは武器だった
私自身も学生時代好んで愛読した世界や日本の「偉人伝」の本。なぜか当時は本当によく読みました。いつかは自分も、と遠い未来へ思いを馳せたものですが、今振り返れば得心することがあります。当時のその本の中には、偉大な発明や発見、仕事などを成し遂げた偉人の人たちは、いついかなる時も決してあきらめず絶望しなかった。彼らはみんな例外なく他人の何倍いや何十倍もの苦労をしながらも歯を食いしばり自分の夢や希望を捨てなかった、とありました。今の時代も全く同様です。彼らは決して自分の夢を捨てることはなく、例え失敗しても笑顔を絶やさない。共通して、楽観主義者的な側面も備わっていたのです。明るさという一面は、世の中を生きる大きな武器になるという証明を示してくれたと思います。
明るさは勉強に取り組む姿勢を大別する
これは勉強においても当てはまります。私の教え子たちでも気持ちの明るい子は物事の捉え方や感じ方が前向きな子が多いです。受験勉強をそれほどプレッシャーとして感じないのです。逆に、自分の目標を高く設定しそれを達成する意欲を強く持って臨もうとします。しかし、性格的に暗くて消極的な子ほど被害者意識の中に逃避する傾向があることは否めません。
親はあえて子供レベルになって率先垂範
わが子を明るくて伸び伸びとした子に育てたいと願う親は多いものですが、親自身は自分のことは我関せずだったりします。おそらく自分はなかなか良くならないからせめて子供だけは、と考えるのでしょう。しかし、これは本末転倒です。先ずは親自ら率先垂範です。子供を明るい子に育てたければ親が明るく振る舞わなければいけません。子供の気分を明るく切り替え、時には子供レベルになって遊んだりして下さい。
子供にすると、親が自分と同じレベルで一緒にやってくれてるという一体感を感じる時ほど子供の心が開放されることはないのです。または、そばで一緒に泣いて見て下さい。うれしかったり悲しかったり感動したり悔しかったり、いろんな涙を共に流してその時の貴重な感情を共有して下さい。そして、ひとしきり泣いた後こそ、親の方から明るく笑顔で気分の転換を図って下さい。これできっと子供の気持ちは切り替わります。自分と一緒になって泣いてくれた親の言葉に素直にうなずけるようになるのです。
活気のある家庭は子供の意欲を生む
明るく生きるということが、ただ笑ってばかりいれば良いということではありません。泣いたり笑ったり、叱ったりほめたりなど家庭の中が適度に活気があればいいのです。静まり返った家の中は大人でも寂しいものです。外へ飛び出したくなる衝動にかられたりします。ましては、子供にとってみれば耐え難いものであると思います。このような家庭の雰囲気の中では勉強だけではなく何事にも意欲というものなど生まれるはずもありません。
親は子供目線で家庭の中の明るさや和みを生むリーダーである
日々の家族との生き生きとした営みがあるからこそ家の中には心地よいザワザワ感が生まれ、和気あいあいとした明るさや和みが生まれます。笑顔の絶えないいい雰囲気になります。挫折や辛さを忘れさせる気持ちの切り替えがこのような雰囲気の中で着実に養われて行くのです。親自らが、家庭の中でリーダーであり家族のキャプテンであるという立場を認識し、努めて明るく振る舞う限り将来的には立派な家風を形成することにもなるでしょう。子供目線で自分のことのように一緒に悩んだり怒ったり苦しんだり、そして喜んだり大声で笑ったりしながらわが子の成長を見守る親であって欲しいと切に願います。