「お風呂の壁に九九表を貼っておけば、毎日見るから自然に覚えるはず」
そう考えて、九九シートを用意する家庭は少なくありません。ところが、しばらくすると子どもは見向きもしなくなります。親が「今日は三の段を言ってみよう」と声をかけても、面倒そうな顔。せっかく貼ったのに、九九嫌いのきっかけになってしまうことさえあります。
では、お風呂に九九表を貼るのは間違いなのでしょうか。
先に答えると、九九表そのものが悪いわけではありません。問題は、貼るだけで覚えさせようとすることです。使い方を少し変えれば、お風呂は九九の確認に向いた場所になります。
大切なのは、九九表を「覚えさせる教材」ではなく、「思い出すための補助」にすることです。
お風呂の九九表を「貼るな」と言いたい理由
毎日見ても、覚えるとは限らない
人は、同じものを繰り返し見ていると、その存在に慣れます。最初の数日は目に入っていた九九表も、やがて壁の模様と同じような扱いになります。
冷蔵庫に貼った予定表を、毎日見ているのに内容を覚えていないことはないでしょうか。それとよく似ています。
九九表も、眺めているだけでは「見たことがある」という感覚が強くなるだけです。必要なときに答えを出せる状態とは違います。
九九で必要なのは、たとえば「6×7」と聞かれたときに、表を見ずに「42」と思い出す力です。目の前に答えがある状態では、思い出す練習になりにくいのです。
貼ること自体に安心してしまい、
– 子どもが実際に答えられるか確かめない
– 苦手な段がどこか把握しない
– 表を見ながら読むだけで終わる
という状態になると、期待したほどの効果は出ません。
お風呂が「抜き打ちテストの場所」になりやすい
もう一つの問題は、親が熱心になるほど、お風呂が勉強の時間に変わってしまうことです。
「七の段、言ってみて」
「7×8は?」
「昨日もやったよね?」
親としては、ほんの数分だけ確認しているつもりかもしれません。ただ、子どもにとっては逃げ場のないテストになりがちです。
特に、まだ覚え切れていない子は、間違えるたびに気まずさを感じます。裸でくつろいでいるところに問題を出され、答えられないと訂正される。これが毎日続けば、九九表を見るだけで身構えてしまうのも無理はありません。
お風呂は、親子がゆっくり話せる場所でもあります。その時間が丸ごと勉強になれば、子どもが嫌がるのは自然な反応です。
嫌がっているときに「将来困るから」と続けても、九九への抵抗感が強くなる可能性があります。覚える量を増やす前に、取り組み方を見直したほうが近道です。
答えが見えていると、できた気になりやすい
九九表を見ながら「六一が六、六二十二」と読めれば、親も子どもも覚えたような気持ちになります。
ところが、表を外して順番を入れ替えると答えられない。これはよくあります。
九九を順番に唱えることと、必要な答えを一つずつ取り出すことは、同じではありません。「6×7」を答えたいのに、六一から唱え直さなければ出てこないなら、まだ定着の途中です。
学校の計算では、九九が順番どおりに出るとは限りません。割り算や筆算でも、必要な九九をその場で使います。そのため、表を読む練習だけでなく、答えを隠して思い出す練習が欠かせません。
九九表が役立つ家庭、逆効果になりやすい家庭
役立つのは「短く、軽く使える家庭」
お風呂の九九表が役立ちやすいのは、一度に全部覚えさせようとしない家庭です。
たとえば、その日に扱うのは三問だけ。「今日は6×4、6×7、6×8だけ」と決めます。答えられなければ表を見て確認し、もう一度だけ挑戦して終わります。
このくらいなら、お風呂の時間を壊しません。
また、子どもが問題を出す側になるのも効果的です。
「お母さんに問題を出して」
「わざと間違えるかもしれないから、見つけてね」
こう言うと、勉強させられている感じが薄くなります。子どもは出題するために九九表を見ますし、親の答えが正しいか判断しようとします。
親が「8×6は46」とわざと間違え、子どもが「48だよ」と直す。これも立派な確認です。毎回やる必要はありません。遊びに近い形で、ときどき使うだけで十分です。
逆効果になりやすいのは「成果を急ぐ家庭」
九九の学習が始まると、周りの子と比べて焦ることがあります。
「クラスでは、もう全部言える子がいる」
「うちの子だけ遅れているかもしれない」
そんな不安から、お風呂でも食事中でも九九を確認したくなるかもしれません。ただ、親の焦りは声に出さなくても伝わります。
間違えたときのため息や、「さっきできたのに」という一言で、子どもは失敗を避けるようになります。すると、分からなくても考えず、すぐ九九表を見るようになります。
これでは、思い出す力が育ちません。
覚える速さには個人差があります。順番に唱えるのが得意な子もいれば、式と答えを組み合わせるまで時間がかかる子もいます。まず見るべきなのは「全部言えるか」ではなく、「どの組み合わせで止まりやすいか」です。
七の段が苦手なのか、6×7と7×6を混同するのか。つまずきが分かれば、全部を繰り返す必要はなくなります。
お風呂で九九を覚えるなら、この順番で使う
1.最初は表を見ながら意味を確かめる
九九を習い始めたばかりなら、いきなり暗唱だけを求めないほうがいいでしょう。
たとえば「3×4」は、3が四つあることです。お風呂なら、指を三本ずつ四回出して数えてもかまいません。
「3、6、9、12。だから3×4は12だね」
九九の意味が分かると、答えを忘れたときにも考え直せます。音だけで覚えた子は、一か所で詰まると先へ進めなくなることがあります。
ただし、毎回すべてを説明する必要はありません。子どもが答えを丸暗記しているだけに見えたとき、具体的な数に戻る。それくらいで大丈夫です。
2.一日に三問だけ、答えを隠す
九九表を使うなら、答えの部分を手や小さなタオルで隠してみてください。
問題は三問程度に絞ります。正解したら終わりではなく、少し時間を置いて同じ問題をもう一度聞きます。
たとえば、次のように進めます。
– 最初に「7×6」を聞く
– 分からなければ九九表で「42」を確認する
– 別の話をしたあと、もう一度「7×6」を聞く
– 答えられたら、その日は終了する
大事なのは、答えられない時間を責めないことです。思い出そうとしている数秒間が練習になります。
すぐに「42でしょ」と教えるより、「表を見る? もう少し考える?」と選ばせたほうが、子どもは落ち着いて取り組めます。
3.順番を崩して聞く
一つの段を唱えられるようになったら、順番を崩します。
「八一が八」から始めるのではなく、「8×7」「8×3」「8×6」のように聞きます。ここで詰まっても、覚えていないと決めつける必要はありません。順番を手がかりに思い出していた状態から、一問ずつ答える状態へ移る途中だからです。
最初は、三問のうち一問だけ順番を変えても構いません。
「五の段を言ってみよう。五一が五、五二十……じゃあ、5×7は?」
このように混ぜると、急に難しくなりすぎません。慣れてきたら、苦手な問題だけを小さなカードに書き、リビングなど別の場所でも確認します。
お風呂でしか答えられない状態を防ぐには、場所を変えることも大切です。
4.覚えた段は表から卒業する
九九表は、ずっと貼り続ける必要はありません。
一つの段が安定したら、その部分を紙や付箋で隠します。全部覚えたら、一度外してみましょう。
外したあとに答えづらくなった問題だけ、短期間貼り直せば十分です。九九表を外すことは、学習を終えることではありません。手がかりなしで思い出せるか確認する段階に進むということです。
目安は、順番を崩した問題に何日か続けて答えられることです。一日の成功だけで判断せず、翌日や数日後にも確認します。
やってはいけない声かけと、使いやすい言い換え
九九の練習では、問題の出し方以上に、間違えたあとの言葉が大切です。
「なんで覚えられないの?」
「昨日も間違えたよ」
「二年生ならできないと困るよ」
こうした言葉は、正解を増やすより、答える怖さを強くします。
代わりに、事実を短く伝えます。
「7×8で止まりやすいね。今日はこれだけにしよう」
「答えを見てから、あとでもう一回答えてみよう」
「六の段はかなり出るようになったね」
ほめるときも、「頭がいい」より、できた変化を具体的に伝えるほうが自然です。
「昨日は表を見たけど、今日は自分で42が出たね」
これなら、子どもも何ができるようになったのか分かります。
親が間違いを訂正するときは、長い説明を始めないこともポイントです。「惜しい、7×8は56だね」と確認し、もう一度言えたら終わります。お風呂で完璧に仕上げようとしないほうが続きます。
子どもが嫌がったときの見直し方
九九表を嫌がるなら、まず一週間ほど休んで構いません。
休むと忘れそうで心配になるかもしれませんが、嫌がる状態で続けても練習の質は上がりません。学校の宿題や別の方法で確認し、お風呂はいったん元のくつろぐ場所に戻します。
再開するときは、親から一方的に問題を出さないようにします。
「お風呂で一問だけやるのと、出たあとに三問やるの、どっちがいい?」
子どもに選んでもらうと、取り組みやすくなります。「今日はやらない」も、ときどき認めてください。毎日欠かさず行うことより、強い抵抗感をつくらないことのほうが重要です。
何度練習しても特定の問題を覚えにくい場合は、似た答えとの混同も確認します。たとえば「7×6=42」と「7×8=56」が入れ替わるなら、その二問だけを並べて見比べます。
全部を最初から唱え直す必要はありません。苦手な二、三問を見つけ、短く繰り返すほうが負担を減らせます。
今日からできる九九表の使い方
お風呂の九九表は、次のルールで使うと無理がありません。
– 練習は一回一分程度にする
– 一日に扱うのは三問までにする
– 分からないときは表を見てよい
– 同じ問題を少しあとでもう一度聞く
– 親と子が交代で問題を出す
– 嫌がる日はやらない
– 覚えた部分は隠し、最後は表を外す
よくある失敗は、調子がよい日に問題を増やしすぎることです。子どもが答えられると、親は「もう少しやっておこう」と考えます。しかし、五問、十問と増やすうちに、気持ちよく終われなくなります。
三問できたら、本当にそこで終えてください。
「もっとやりたい」と子どもから言ったときだけ追加する。この余白が、次の日も取り組める気持ちにつながります。
九九表は、貼っただけで子どもを勉強好きにしてくれるものではありません。でも、短く確認し、思い出せた経験を積む道具として使えば役立ちます。
もし今、お風呂の九九表がただの壁紙になっているなら、今日は三問だけ答えを隠してみてください。嫌がるようなら、いったん外しても大丈夫です。
目指したいのは、九九表を長く見続けることではありません。表がなくても、自分の力で答えを思い出せるようになることです。
